困惑の焚き火牧師 4 (大頭眞一)

ぼくは焚き火牧師。そして困惑している。

ルカかなと話すうちに、さらに大きな困惑が訪れた。

マイノリティと生きづらいところは、マジョリティにとっても生きづらいところだと気づいたのだ。人はひとりひとりみんなちがっている。

もしぼくたちが、「フツーとはこういうことだ」と主張し始めたらどうなるだろう。自分と自分に似たような人以外を「フツーではない」と決めつけることになる。そして結局は自分しか残らなくなり、最後は自分さえも…。マイノリティはそんなマジョリティのために鉱山のカナリア役割を果たす。マイノリティの生きづらい場は、マジョリティにとっても危険なのだ。

多様性に欠ける集まりは、ちょっと見には能率的で強く見えるのだが、もろいところがあるのだ。それに比べて多様な個の集まりは、柔軟でしたたかだ。変化に対応しながら、自由にそのいのちを伸ばしていく。

つまりこういうことだ。マジョリティはマイノリティを必要としている。自由であるために。その助けを必要としているのだ。